2026년 11월 1일 일본어예배

2026.11.01카와무라 요시키

モーセは人生の最後に、唯一なる神に愛されていることを知り、神を愛して御言葉に生きる幸せを次の世代に伝えました。見えなくなる時も、神は何度でも「聞け」と語りかけてくださいます。

最後の授業で語られた神の言葉

膵臓がんで余命半年と告げられたランディ・パウシュ教授は、幼い三人の子どもたちのために大学で最後の講義をし、それが『最後の授業』という本になりました。人は終わりを意識する時、大切な人に何を残すべきかを真剣に考えます。申命記も、約束の地を目前にしながら入れないモーセが、荒野の40年を導かれた神を見てきた者として、若い世代に語った最後の授業です。彼は暮らしの知恵ではなく、まず神の言葉に従って生きることの大切さを語りました。

神の言葉は魚にとっての水 (1-3節)

モーセが神の命令を最優先に語ったのは、聞いて守る時に幸せになると信じていたからです。自分の子や孫に至るまで、神が与える幸せを味わってほしいという願いがありました。その幸せは、問題がなくなることや健康で豊かになることではありません。魚は水の中でこそ自由に泳げるように、人間も造り主の御言葉に生きる時、本来の姿で生きられます。「嘘をついてはいけない」は信頼の関係を守るため、「七日目に休みなさい」は忙しさと疲れからの解放のために与えられました。

主は唯一、比べられない方 (4-5節)

律法の土台としてモーセは「聞け、イスラエルよ。主は私たちの神、主は唯一である」と語りました。カナンには土地の神、豊作の神、戦いの神がいました。日本にも八百万の神がいて、人々は効き目を比べて神社を巡ります。しかし「唯一」とは、他の神々と比べられない方という意味です。聖書の神は宇宙を造って保たれ、歴史を導く力ある方でありながら、声にならない祈りも聞き、私たちのために十字架にかかられるほど近く、深く愛してくださる方です。

愛されていると知る時、愛する者になる (5節)

このような神を知らなければ、「愛そう」と自分に言い聞かせても、頑張って御言葉を守ろうとしても、自分の力ではできません。神の素晴らしさを知る道は、毎日のQTや聖書通読、これまでの人生で受けた恵みを宝探しのように見つけること、そして神の究極の愛が表れたイエス様の十字架を日々見上げることです。愛されて愛されていくうちに、私たちも神を愛するようになり、御言葉に従いたいと願うようになります。モーセが伝えたかったのは、唯一なる神に愛されていることを知り、神を愛する人生を送りなさいということでした。

御言葉を心に留め、生き方で伝える (6-9節)

御言葉を心に留めるとは、暗記することではなく、考え方と判断の土台にすることです。過去を振り返る時はローマ8:28に照らし、お金や時間や能力は神の国と神の義を求めて用い、未来への不安には箴言3章のとおり心を尽くして主に頼ります。また、御言葉は一日中、大切な人に伝えるものです。17世紀の修道院で厨房の仕事をしていたブラザー・ローレンスは、仕事も祈りも同じように神を愛して歩み、その姿に多くの人が相談に訪れました。御言葉は、家庭や職場や学び舎で御言葉に従う私たちの生き方を通して語られます。

見えなくなる時も神は語りかけられる

現実には、祈りに答えがない時や思いがけない苦しみ、日々の忙しさの中で、神の愛が見えなくなり、心が乾いてしまうことがあります。イスラエルの民は荒野で何度も不平を言って離れた民でしたが、神は彼らの弱さを知りながら諦めず「聞け」と語られました。弟子たちも、十字架の後に希望も神の愛も見えなくなり、ペテロは三度イエスを知らないと言いました。そのような彼らにペンテコステで聖霊が降り、神の方から語りかけられて、彼らは語る者へと変えられました。神は今日も私たちの名を呼び、何度でも「聞け」と語りかけて目を覚まさせてくださいます。

Apply to Life

  • 神に愛され、神を愛する人生が最高の幸せだと信じ、御言葉に聞き従って歩みましょう。
  • QTや聖書通読、これまでの恵みの発見、十字架を見上げることを通して、神がどれほど素晴らしい方かを日々知っていきましょう。
  • 過去も今も未来も、自分の考えだけでなく御言葉に照らして振り返り、判断しましょう。
  • 家庭や職場や学び舎での生き方を通して、大切な人に御言葉と福音を伝えましょう。
  • 神の愛が見えなくなる時も、何度でも語りかけてくださる神に耳を傾けましょう。

This summary was made automatically from the sermon's captions and may differ from the sermon.

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